第2部4章 1947年、トランジスタの誕生
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第2部 真空から結晶へ
#https://note.com/atom_/m/md08c7fdafe05
#第4章 1947年、トランジスタの誕生
#1947年12月、ベル電話研究所の実験室で、小さなゲルマニウム片へ二本の金属接点が押し当てられた。
#そこへ微弱な電気信号を加えると、もう一方の回路に現れる信号が大きく変化した。鉱石検波器やレーダー用結晶整流器が、電波を整流し、混合し、検出していたのに対し、この装置は初めて、半導体によって信号を増幅した。
#電子を制御する舞台は、真空から結晶へ移った。
#しかし、トランジスタは突然のひらめきだけで生まれたものではない。電話網が求めた小型増幅器、戦時中に発達した高純度ゲルマニウム、量子力学による固体の理解、半導体表面の研究、そして何度もの失敗が、一つの装置へ集まった結果だった。ベル研究所は、トランジスタを電話網の真空管に代わる増幅器として開発したと位置づけている。(Nokia Corporation | Nokia)
##
1.電話網は、真空管より小さな増幅器を求めていた
#長距離電話では、線路を進む音声信号が抵抗や容量によって弱くなる。そのため、途中へ中継増幅器を置き、外部電源のエネルギーを使って信号を大きく作り直す必要があった。
#三極真空管は、この問題を解決した。
#グリッドへ加えた小さな電圧で、カソードからプレートへ流れる大きな電子流を制御する。微弱な音声信号を、同じ波形を保ったまま増幅できたため、長距離電話、ラジオ、レーダー、初期計算機の基礎になった。
#しかし、巨大な通信網へ何万本、何十万本もの真空管を置くと、別の問題が現れる。
#- カソードを熱するための電力が必要
- 発熱が大きい
- ガラス管が大きく、壊れやすい
- フィラメントや電極が劣化する
- 寿命があり、交換作業が必要
- 電源を入れてから温まるまで時間がかかる
ベル研究所が求めていたのは、真空管と同じように増幅できながら、ヒーターを必要とせず、小さく、低消費電力で、長寿命な固体部品だった。(NobelPrize.org)
##
2.最初の構想は、電界で半導体を制御することだった
#真空管の三極管では、グリッドが電界を作り、電子の流れを制御する。
#そこで研究者たちは、半導体の近くへ第三の電極を置き、その電界によって結晶内部の電流を増減できないかと考えた。
#三極真空管
グリッド電圧
↓
真空中の電子流を制御
↓
増幅
固体増幅器の構想
制御電極の電界
↓
半導体内部の電荷を制御
↓
増幅#この考え方は、1920年代にユリウス・リリエンフェルトらが特許で提案していた。現在でいう電界効果トランジスタ、FETに近い構想である。しかし当時は、高純度結晶、安定した絶縁膜、表面電荷の制御技術がなく、実用的な装置にはならなかった。(CHM)
#ウィリアム・ショックレーも1930年代末から、外部電界によって半導体内部の電流を制御する固体増幅器を構想していた。理論上は成立するはずだったが、実験では電極へ電圧を加えても、結晶内部の伝導は期待したほど変わらなかった。
#何かが、外部の電界を遮っていた。
##
3.戦後、ベル研究所に固体物理の研究チームが作られた
#第二次世界大戦が終わると、ベル研究所は半導体増幅器の研究を本格的に再開した。
#戦時中のレーダー研究によって、高純度のゲルマニウムとシリコン、結晶整流器、金属接触、高周波測定の技術が大きく進んでいた。半導体は、性質のばらつく天然鉱石ではなく、純度や不純物をある程度管理できる研究材料へ変わっていた。
#1945年、ショックレーが率いる固体物理グループに、理論物理学者ジョン・バーディーンと実験物理学者ウォルター・ブラッテンが加わった。ブラッテンは戦時中の対潜水艦研究を経てベル研究所へ戻り、結晶表面や金属接触の実験に取り組んだ。(CHM)
#三人の役割は同じではなかった。
#ウィリアム・ショックレー
#研究グループを率い、固体増幅器の方向性を示した理論物理学者だった。外部電界で半導体を制御する構想を追究し、後に接合型トランジスタを理論化する。
#ジョン・バーディーン
#量子力学と固体物理を使って、半導体内部と表面で電子がどのように振る舞うかを考えた。実験が失敗する理由を、表面状態という概念で説明した。
#ウォルター・ブラッテン
#結晶、金属針、電解液、光、電圧を実際に組み合わせ、表面の電位や電流を測定した。装置を作り、接触位置を調整し、理論を現実の信号として確かめた。
#トランジスタは、一人の発想ではなく、理論、実験、材料、通信システムの要求が交差した場所で生まれた。
##
4.電界が効かなかった原因は、半導体の表面にあった
#ショックレーの電界効果型増幅器が働かなかったとき、バーディーンは、結晶の表面に電子を捕らえる状態が存在するのではないかと考えた。
#半導体の内部では、原子は規則正しく並び、周囲の原子と結合している。
#しかし表面では、結晶がそこで終わるため、原子の結合が途中で切れている。酸化膜、水分、吸着した分子、傷、汚染物質も存在する。これらは電子を捕らえ、表面へ電荷を蓄積させる。
#外部の制御電極
↓ 電界
表面に捕らえられた電荷
━━━━━━━━━━━━━━
↓ 電界を遮蔽
半導体内部#表面電荷が外部電界を打ち消すと、制御電極へ電圧を加えても、結晶内部の電子や正孔の数は十分に変わらない。
#つまり失敗の原因は、電界効果という考え方そのものではなかった。
#結晶内部へ電界が届く前に、表面が電界を受け止めていた。#
バーディーンによる表面状態の説明は、ブラッテンの実験と結び付き、トランジスタ発明へ直接つながった。(CHM)
##
5.ブラッテンは、表面へ液体を置いて電荷を動かした
#表面電荷が問題なら、その電荷の状態を変えればよい。
#ブラッテンは、ゲルマニウム表面へ電解液や水滴を置き、液体を通して電圧を加える実験を行った。液体中のイオンが表面電荷を補償すると、外部から加えた電界が半導体内部へ届きやすくなった。
#金属電極
│
電解液
│
ゲルマニウム表面
↓
表面電荷を補償
↓
内部の伝導が変化#これは、半導体内部の電流を外部から制御できることを示した。
#しかし、液体を使う装置は電話交換機やラジオへ組み込めない。蒸発し、漏れ、振動に弱く、量産も難しい。
#必要なのは、同じ効果を固体の小さな接点で起こすことだった。
#バーディーンとブラッテンは、表面の電荷と少数キャリアの振る舞いを調べながら、金属接点を近接させる方向へ実験を進めた。(CHM)
##
6.一本の金属接点ではなく、二本を近づけた
#鉱石検波器やレーダー用結晶整流器は、金属針と結晶の接触点を一つ持っていた。
#その接点は、電流の向きを選ぶダイオードとして働く。しかし、一つの接点だけでは、入力信号によって別の回路の電流を制御する三端子素子にはならない。
#バーディーンとブラッテンは、ゲルマニウム表面へ二つの金属接点を極めて近い位置に置いた。
#金接点A 金接点B
▼ ▼
● ごく近い ●
━━━━━━━━━━━━━━
ゲルマニウム
━━━━━━━━━━━━━━
│
基部電極#二つの接点を別々の回路へ接続すれば、一方の接点から注入した電荷が、もう一方の接点付近の電流へ影響を与える可能性がある。
#重要なのは、二つの接点の距離だった。
#離れすぎていれば、最初の接点から注入された電荷は途中で再結合し、もう一方へ届かない。十分近ければ、注入された電荷が結晶内部を移動し、第二の接点へ流れ込む。
#点接触整流器の「一点」は、二つの点を近づけることで、増幅器へ変わろうとしていた。
##
6.5 第三の電極から二つの接点へ――電界制御を迂回した最初のトランジスタ
#ここで、ショックレーが構想した固体増幅器と、バーディーン、ブラッテンが実現した点接触トランジスタの違いを整理しておこう。
#当初の発想は、三極真空管のグリッドを、そのまま半導体の近くへ移すことだった。半導体へ電流を流す二つの電極とは別に第三の制御電極を置き、そこへ加えた電圧の電界によって、結晶内部の電子や正孔の数を変える。入力電流をほとんど流さずに出力電流を制御する、現在の電界効果トランジスタに近い構想である。
#しかし半導体表面には、切れた原子結合、酸化物、吸着分子などに由来する表面状態が存在した。そこへ捕らえられた電荷が外部電界を打ち消すため、制御電極へ電圧を加えても、結晶内部の伝導度は期待したほど変化しなかった。
#ブラッテンが表面へ電解液を置いた実験では、液体中のイオンが移動して表面電荷を補償した。ここで金属電極は、半導体へ直接キャリアを注入するためではなく、電解液へ電圧を加えるために使われた。したがって、表面電荷を抑えるために、必ず金属の点接触が必要だったわけではない。
#ところが電解液を使う装置は、実用部品にはできない。そこで研究は、純粋な電界制御から、金属接点を通して半導体内部へ電荷を直接送り込む方法へ移った。
#当初の電界効果構想
第三の制御電極
↓
電界で内部の電荷分布を変える
↓
出力電流を制御する
点接触トランジスタ
第一の金属接点
↓
キャリアを直接注入
↓
第二の金属接点が回収
↓
出力電流を制御する#一本の金属接点だけなら、電圧の向きによって電流を通し分ける点接触ダイオードとして働く。二本の接点を非常に近づけると、一方から注入されたキャリアが、再結合して消える前にもう一方へ到達できる。その結果、第一の接点へ加えた小さな入力が、第二の接点を流れる電流を変えるようになった。
#二本の表面接点は、それぞれ後にエミッタとコレクタと呼ばれる。さらにゲルマニウム本体の裏側へ接続した電極がベースとなり、三端子素子が成立する。
#エミッタ接点 コレクタ接点
▼ ▼
● ●
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
n型ゲルマニウム
━━━━━━━━━━━━━━━━━━
│
ベース#このベースは、真空管のグリッドと同じ役割ではない。点接触トランジスタには、電子流を電界だけで遮る独立した網状電極はない。エミッタ―ベース間の入力によってキャリアの注入量を変え、そのキャリアがコレクタ電流へ影響する。つまり最初のトランジスタは、当初目指していた電界効果型ではなく、キャリア注入型の増幅器として成功したのである。
#それでも、第三の電極から電界を加える構想が誤っていたわけではなかった。後にシリコン表面へ安定した二酸化シリコン膜を形成し、半導体と外部電極の間を良質な絶縁膜で隔てられるようになると、表面電荷を大幅に減らし、電界を結晶内部へ正確に伝えられるようになった。
#この構造では、金属ゲート、酸化膜、半導体を重ねる。
#金属ゲート
────────
二酸化シリコン絶縁膜
────────
シリコン半導体#これがMOS構造であり、MOSFETは、ショックレーたちが最初に目指した「第三の電極の電界で半導体電流を制御する」という構想を、表面制御技術によって本格的に実現した素子だった。
#点接触トランジスタは、電界制御へ一直線に到達した装置ではない。表面という壁を避け、二つの接点からキャリアを注入する迂回路によって、まず固体増幅を実現した。その具体的な形が、金箔、プラスチックのくさび、高純度ゲルマニウムを組み合わせた手作りの実験装置だった。
##
7.金箔、プラスチックのくさび、ゲルマニウム
#最初の点接触トランジスタは、現在の集積回路のような精密な平面構造ではなかった。
#高純度ゲルマニウムの小片を金属板の上に置き、その上へ金箔を接触させた。金箔をプラスチック製の三角形の先端へ巻き付け、先端で金箔へ細い切れ目を入れる。すると、一枚の金箔が非常に近接した二本の接点に分かれる。
# プラスチックのくさび
▼
/ ̄ ̄ ̄\
金箔接点 ● ● 金箔接点
━━━━━━━━━━━━━━
ゲルマニウム
━━━━━━━━━━━━━━
金属基板#ばねの力でくさびを押し下げ、二本の金接点をゲルマニウム表面へ接触させる。
#外見は実験装置に近く、透明な台、ばね、金属線、ゲルマニウム片を組み合わせた手作りの装置だった。後の小さな黒い樹脂パッケージや金属缶型トランジスタとは大きく異なる。(CHM)
##
8.1947年12月16日、固体が信号を増幅した
#1947年12月16日、バーディーンとブラッテンは、近接する二つの金接点を備えたゲルマニウム装置で、明確な増幅作用を確認した。
#一方の接点へ加えた小さな信号によって、もう一方の接点を流れる電流が変化し、入力より大きな出力信号が得られた。
#これが、最初に成功した点接触型トランジスタである。(CHM)
#12月23日には、ベル研究所の幹部へ装置が公開された。
#入力側へマイクをつなぎ、出力側へスピーカーをつなぐと、マイクへ入った小さな音声が増幅され、スピーカーから大きく再生されたと伝えられている。鉱石検波器が電波から音声を取り出しただけだったのに対し、今度は結晶そのものが、その音声を大きくした。(CHM)
#マイク
↓
微弱な音声信号
↓
点接触トランジスタ
↓
増幅された信号
↓
スピーカー#真空管を使わず、加熱されたカソードも、ガラス管の内部の真空も必要なかった。
##
9.最初のトランジスタは、どのような構造だったのか
#点接触トランジスタには三つの端子がある。
#エミッタ
#入力側の金属接点である。前向きの電圧を加え、ゲルマニウム内部へ少数キャリアを注入する。
#コレクタ
#出力側の金属接点である。エミッタから注入され、結晶内部を移動してきたキャリアを集める。
#ベース
#ゲルマニウム本体と、その下の金属接続である。後の接合型トランジスタに比べると厚く、形も不均一だった。
#エミッタ コレクタ
▼ ▼
● ●
━━━━━━━━━━━━━━
n型ゲルマニウム
━━━━━━━━━━━━━━
│
ベース#「エミッタ」は電荷を放出する側、「コレクタ」は電荷を集める側という意味である。
#三極真空管では、カソード、グリッド、プレートが三つの端子を構成した。点接触トランジスタでは、エミッタ、ベース、コレクタが、固体の中で同様の制御関係を作った。
#ただし、内部の物理は真空管とは異なる。
##
10.点接触トランジスタは、どのように増幅したのか
#最初の装置では、主にn型ゲルマニウムが使われた。n型半導体では、自由電子が主な電荷担体である。
#エミッタ側の金接点へ順方向の電圧を加えると、接点付近からゲルマニウム内部へ正孔が注入される。
#エミッタ
↓
正孔を注入
↓
n型ゲルマニウム内部を移動
↓
コレクタへ到達#正孔はn型ゲルマニウムにとって少数キャリアである。エミッタとコレクタが非常に近いため、注入された正孔の一部は電子と再結合する前に、コレクタ側へ到達する。
#コレクタには逆方向の電圧が加えられている。その電界が正孔を引き寄せ、コレクタ回路の電流を変化させる。
#小さなエミッタ入力
↓
注入される正孔の量が変わる
↓
コレクタへ届く正孔が変わる
↓
コレクタ回路の電流が変わる#入力信号は、出力を生む全エネルギーを供給しているわけではない。
#出力側の大きなエネルギーは、コレクタ回路へ接続された直流電源から供給される。エミッタへ加えられた小さな信号が、電源から流れる電流の大きさを制御する。
#これは三極真空管の増幅と同じ基本思想である。
#小さな信号を、外部電源の大きなエネルギーを制御する指令として使う。#
ベル研究所の初期装置では、一方の金接点へ加えた電圧によってもう一方の電流を変調し、大きな信号増幅が確認された。(CHM)
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11.整流器とトランジスタの違いは、制御する端子が増えたことだった
#結晶整流器には、基本的に二つの端子しかない。
#結晶整流器
入力端子 ─ 半導体接点 ─ 出力端子#電圧の向きによって電流を通したり止めたりできるが、別の入力信号でその流れを独立に制御することはできない。
#トランジスタには三つの端子がある。
# 制御入力
↓
入力側 ───── 半導体 ───── 出力側#第三の端子を通じて加えられた小さな変化が、別の二端子間を流れる電流を変える。
#この三端子性によって、
#- 信号を増幅する
- 電流を流すか止める
- 発振回路を作る
- 論理回路を構成する
- 記憶状態を保持する
ことが可能になる。
#ダイオードが電子の「弁」なら、トランジスタは外部から開き方を制御できる「弁」だった。
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12.真空管のグリッドと、トランジスタの入力は何が違うのか
#三極真空管では、グリッドへ加える電圧によって、真空中を飛ぶ電子を制御する。
#真空管
カソード
↓ 電子
グリッドが流量を制御
↓
プレート#点接触トランジスタでは、エミッタから半導体内へキャリアを注入し、そのキャリアがコレクタ電流へ影響を与える。
#点接触トランジスタ
エミッタ
↓ 正孔を注入
半導体内部を移動
↓
コレクタが回収#真空管では電子が真空中を移動する。
#トランジスタでは電子と正孔が結晶内部を移動する。
#真空管はカソードを加熱しなければ電子を放出できないが、トランジスタは半導体内部にもともと存在する電荷担体を利用する。そのためヒーターが不要で、装置を小さくでき、電源を入れるとすぐに動作できた。
#一方、初期の点接触トランジスタは、高周波や小型化に可能性を示したものの、すぐにあらゆる真空管を置き換えたわけではない。初期には製造ばらつき、価格、出力、周波数特性などの問題があり、真空管からトランジスタへの移行は数十年をかけて進んだ。(Nokia Corporation | Nokia)
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13.増幅器は、そのままスイッチにもなった
#トランジスタの最初の目的は、電話信号の増幅だった。
#しかし入力を連続的に変えるのではなく、二つの領域だけで使えば、電子スイッチとして動作する。
#入力が小さい
↓
出力電流がほとんど流れない
↓
OFF=0
入力が十分に大きい
↓
出力電流が流れる
↓
ON=1#真空管もスイッチとして初期計算機に使われたが、一本ごとにヒーター電力が必要で、発熱と故障が大きな問題だった。
#トランジスタなら、より小さく、低電力で、密集して配置できる。
#この時点では、まだ一枚のチップへ多数のトランジスタを作る集積回路は存在しなかった。それでも、固体増幅器が同時に電子スイッチとして働くことは、計算機を小型化する可能性を開いた。
#ベル研究所と物理学界は、トランジスタが信号増幅と電流のON・OFFの双方を行える点を、その重要な特徴としている。(American Physical Society)
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14.「トランジスタ」という名前は1948年に選ばれた
#発明直後、装置は「半導体三極管」や「結晶三極管」などと呼ばれていた。
#ベル研究所内では新しい名称が検討され、電気技術者ジョン・R・ピアースが提案したtransistorが選ばれた。
#名称は一般に、
#- transfer
- transconductanceまたはtrans-resistance
- resistor
などを結び付けたものと説明される。入力側の信号によって、出力側の抵抗または伝導状態を変える装置という意味が込められていた。(CHM)
#1948年6月30日、ベル研究所はニューヨークで点接触トランジスタを公表した。
#当初の発表は、後世の評価に比べると控えめだった。新装置は電話、補聴器、無線、電子回路への応用が期待されたが、当時は、それがコンピューター、集積回路、インターネット、スマートフォン、AIを支える素子になるとは予測できなかった。(CHM)
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15.ショックレーは、点ではなく接合で作るトランジスタを考えた
#バーディーンとブラッテンが点接触トランジスタを完成させた一方、ショックレーは、より規則的で量産しやすい構造を考え始めた。
#点接触型では、二本の金属針の位置、圧力、先端形状、表面状態によって性能が変わる。接点が少し動くだけでも特性が崩れる可能性がある。
#ショックレーが考えたのは、金属針を押し当てるのではなく、結晶内部へp型とn型の領域を作り、二つのp-n接合を組み合わせる構造だった。
#p型 n型 p型
━━━━│━━━━│━━━━
エミッタ ベース コレクタ#または、
#n型 p型 n型
━━━━│━━━━│━━━━
エミッタ ベース コレクタ#これが、後の接合型バイポーラトランジスタである。
#バーディーンとブラッテンの発見後、ショックレーは集中的に理論を組み立て、1948年1月に接合型トランジスタの構想へ到達した。点接触型より堅牢で、構造を結晶内部に作れるため、量産への可能性が高かった。(CHM)
##
16.接合型では「薄いベース」が鍵になる
#pnp型を例に考える。
#p型エミッタ │ n型ベース │ p型コレクタ#エミッタとベースの接合へ順方向電圧を加えると、エミッタからベースへ正孔が注入される。
#ベースは非常に薄く、正孔が少ないn型に作られる。そのため、多くの正孔はベース内の電子と再結合せず、反対側のコレクタ接合へ到達する。
#コレクタ接合には逆方向電圧が加えられており、到達した正孔を強く引き込む。
#エミッタ
↓ 正孔を注入
薄いベース
↓ 大部分が通過
コレクタ
↓ 正孔を回収#ベースへ流すわずかな電流や、エミッタ―ベース間の小さな電圧変化によって、大きなコレクタ電流を制御できる。
#点接触型では、表面近くの複雑な現象によって増幅が起きた。
#接合型では、p型、n型、接合、少数キャリア、薄いベースという構造を意図的に設計することで増幅を実現する。
#半導体は、感度点を探す装置から、内部構造を設計する装置へ進んだ。
##
17.点接触型は、最終形ではなかった
#最初のトランジスタは歴史的な突破口だったが、実用部品としては弱点も多かった。
#- 二本の接点を極めて近く置く必要がある
- 接触圧力で特性が変わる
- 振動や衝撃に弱い
- 個体ごとのばらつきが大きい
- 製造工程を自動化しにくい
- 大きな電力を扱いにくい
- 動作原理に表面状態が強く関係し、制御が難しい
接合型トランジスタは、結晶内部へ構造を形成するため、点接触型より安定し、量産へ向いていた。
#しかし、理論を考えることと、実際に薄く均一なp型・n型・p型の構造を作ることは別問題だった。高品質な単結晶を成長させ、途中で不純物の種類を切り替え、濃度を制御しなければならない。
#ベル研究所が実用的な成長接合型トランジスタを発表するのは1951年である。ゴードン・ティールらによる単結晶成長技術が、その実現を支えた。(CHM)
##
18.なぜ最初のトランジスタはシリコンではなくゲルマニウムだったのか
#戦時中、レーダー用結晶整流器にはシリコンも広く使われていた。
#それでも、最初のトランジスタにはゲルマニウムが選ばれた。
#当時のゲルマニウムには、
#- 高純度化の技術が先行していた
- 電子や正孔の移動を観察しやすかった
- 比較的低い電圧で接点が動作した
- 単結晶材料の研究が進んでいた
- 表面実験や点接触素子を作りやすかった
という利点があった。
#点接触トランジスタの成功には、パデュー大学などが戦時中に進めた高純度ゲルマニウム研究もつながっていた。CHMは、1947年の点接触トランジスタが、戦時中に改良された高純度ゲルマニウムを基盤としていたと整理している。(CHM)
#ただし、ゲルマニウムは温度上昇で漏れ電流が増えやすく、高温動作に弱い。
#後にシリコンが主役になるのは、高温特性だけでなく、表面へ安定した二酸化シリコン膜を形成できるためである。酸化膜によって表面を保護し、電界を制御し、写真技術で多数の素子を作れるようになる。
#1947年の成功はゲルマニウムから始まったが、集積回路の時代はシリコンによって築かれる。
##
19.発明者は誰だったのか
#「トランジスタを発明した人物」を一人だけ選ぶことは難しい。
#最初に動作した点接触トランジスタを実際に作り、増幅を確認したのは、ジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテンだった。
#しかし、その研究を組織し、固体増幅器という目標を追い、後に接合型トランジスタを理論化したのはウィリアム・ショックレーだった。
#さらに、その前には、
#- ブラウンの結晶整流
- ピカードのシリコン検波器
- リリエンフェルトの電界効果構想
- オールのp-n接合
- 戦時中の高純度材料
- ティールらの結晶成長
- ベル研究所の電話網研究
が存在した。
#1956年のノーベル物理学賞は、ショックレー、バーディーン、ブラッテンの三人に対し、「半導体に関する研究とトランジスタ効果の発見」を理由として共同授与された。(NobelPrize.org)
#三人の貢献は同一ではないが、理論、実験、組織、後続構造のすべてが、トランジスタという技術体系を作った。
##
20.トランジスタは、小さな真空管ではなかった
#トランジスタは、単に真空管を小さくした部品ではない。
#真空管では、電子を物質の外へ出し、真空中を飛ばす。
#トランジスタでは、電子や正孔を結晶内部から出さず、物質内部の接合、電界、濃度差によって制御する。
#真空管
固体カソード
↓ 熱電子放出
真空中の電子
↓
金属プレート
トランジスタ
半導体内部
↓
電子・正孔の注入と移動
↓
半導体内部で回収#真空管は、電極を機械的に配置して機能を作る。
#トランジスタは、材料内部の不純物と境界を設計して機能を作る。
#この違いが、後の微細化を可能にした。
#真空管を一万本作るには、一万個のガラス容器、カソード、グリッド、プレート、ヒーターが必要になる。
#トランジスタなら、将来、一枚の結晶表面へ同じ工程を繰り返すことで、多数の素子を同時に作れる可能性がある。
#1947年にはまだ実現していなかったが、集積回路へつながる本質は、すでにこの時点で生まれていた。
##
第4章まとめ――結晶は、情報を増幅し始めた
#鉱石検波器は、結晶の偶然の一点で電波を整流した。
#鉱石+金属針
↓
高周波を整流
↓
情報を取り出す#レーダー用結晶整流器は、その一点を精製、固定、封止し、工業部品へ変えた。
#高純度結晶+固定接点
↓
マイクロ波を検波・混合
↓
規格化された部品#バーディーンとブラッテンは、二つの接点を近づけ、一方から注入した電荷によって、もう一方の電流を制御した。
#二つの金属接点
↓
キャリアを注入・回収
↓
信号を増幅#ショックレーは、その作用を点接触から結晶内部のp-n接合へ移そうとした。
#p型・n型・p型
↓
薄いベースを通る少数キャリア
↓
接合型トランジスタ#トランジスタが変えたのは、増幅器の大きさだけではない。
#それまで電子回路の機能は、真空、金属電極、ガラス管の形によって作られていた。
#これ以降は、
#- 材料の純度
- 不純物の種類
- 不純物の濃度
- p型とn型の配置
- 接合の深さ
- 表面状態
- 電極の位置
によって機能を設計する時代へ入る。
#半導体は、電気を通す不思議な石から、 電流を増幅し、遮断し、判断する装置になった。#
1947年12月、ゲルマニウムの表面へ押し当てられた二本の金接点は、まだ手作りの不安定な装置だった。
#しかしその三つの端子には、後のラジオ、電話交換機、コンピューター、集積回路、マイクロプロセッサ、メモリ、通信網、AIへ続く基本原理が収められていた。
#次章では、この発明を実験室の一点ものから量産可能な商品へ変えた、高純度単結晶、成長接合、ゾーン精製、シリコン、そして製造技術の発展を追う。
#https://note.com/atom_/n/n50685f032715
#






























