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第7章 キルビーとノイス――ICは二度発明された

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第7章 キルビーとノイス――ICは二度発明された / 表紙
第7章 キルビーとノイス――ICは二度発明された / 表紙

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第7章 キルビーとノイス――ICは二度発明された / 別版表紙
第7章 キルビーとノイス――ICは二度発明された / 別版表紙

第7章 キルビーとノイス――ICは二度発明された

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1957年、ショックレー研究所を離れた八人は、フェアチャイルド・セミコンダクターを設立した。

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ロバーツがシリコン結晶を育て、ラストとノイスが光で加工位置を描き、ムーアとホーニが拡散によってp型・n型領域を作った。ブランクとクライナーは装置と工場を整え、グリニッチは完成した素子を測定した。

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彼らが最初に目指したのは、高性能で信頼性の高い個別トランジスタだった。

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しかし、トランジスタを小さくするだけでは、電子機器全体は無限には小さくならない。

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トランジスタの数が増えるほど、それらをつなぐ金属線、はんだ接合、端子、基板上の配線も増える。一個のトランジスタが十分に信頼できても、一万個を組み合わせれば、接続箇所は数万、数十万に達する。

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電子工学は、部品そのものよりも、部品と部品の間にある接続によって行き詰まり始めていた。

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この問題を解いたのが、テキサス・インスツルメンツのジャック・キルビーと、フェアチャイルドのロバート・ノイスだった。

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二人は同じ研究所にいたわけではない。

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同じ試作品を共同で作ったわけでもない。

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発想の出発点も、使った材料も、解決した問題も異なっていた。

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それでも、ほぼ同じ時期に、二人はそれぞれ別の方向から、

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回路を構成する複数の部品を、一つの半導体材料の上に作る

#

という結論へ到達した。

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このため、集積回路はしばしば、

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二度発明された

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と表現される。

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1.トランジスタの発明だけでは、配線は消えなかった

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図解: 1.トランジスタの発明だけでは、配線は消えなかった
図解: 1.トランジスタの発明だけでは、配線は消えなかった

真空管をトランジスタへ置き換えると、部品は小さくなり、消費電力も下がり、寿命も延びた。

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しかし、初期のトランジスタ回路では、トランジスタ、抵抗、コンデンサー、ダイオードをそれぞれ独立した部品として製造し、プリント基板や端子板の上へ取り付けなければならなかった。

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トランジスタを作る
        ↓
抵抗を作る
        ↓
コンデンサーを作る
        ↓
基板へ取り付ける
        ↓
金属配線ではんだ付けする
        ↓
回路として検査する
#

回路を複雑にするほど、部品数と接続点が増える。

#

ベル研究所のジャック・モートンは、回路を構成する要素が増えるにつれて、製造、接続、検査、信頼性の問題が急増する状況を「数の暴政」と表現した。部品を小さくできても、それらを個別に製造し、一本ずつ接続する限り、複雑化には限界があった。(Computer History Archive)

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部品数が増える
        ↓
接続点が増える
        ↓
組立時間が増える
        ↓
不良箇所が増える
        ↓
装置全体の信頼性が下がる
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必要だったのは、トランジスタをさらに小さくすることだけではなかった。

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部品を作る工程と、それらを接続する工程を一体化することだった。

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2.IC以前にも、複数素子を一つにする試みはあった

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図解: 2.IC以前にも、複数素子を一つにする試みはあった
図解: 2.IC以前にも、複数素子を一つにする試みはあった

集積回路の発想は、1958年に突然現れたものではない。

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1949年には、ベル研究所のジャック・モートンが、接続線や受動部品までを連続した製造工程で形成する可能性に言及していた。1952年には、英国のジェフリー・ダマーが、トランジスタや抵抗などを「接続線のない固体の塊」として作る構想を公に示した。(CHM)

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さらに、シーメンス、RCA、IBM、ベル研究所、日本の電気試験所などでは、複数のトランジスタ、ダイオード、抵抗、コンデンサー機能を、一つの半導体片へまとめようとする研究が行われていた。

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ベル研究所の四段カウンターや、IBMのリングカウンター、RCAのシフトレジスターなど、特定機能を一つの半導体構造へまとめた試作例も存在していた。(CHM)

#

しかし、これらの多くは特定回路専用だった。

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特定の半導体構造
        ↓
特定の電気的動作
        ↓
一種類のカウンターやスイッチ
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構造そのものが回路機能を決めており、自由にトランジスタ、抵抗、コンデンサーを配置し、配線を変えて別の回路を作る一般的な製造方式にはなっていなかった。

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ICに必要だったのは、単に複数の作用を一つの材料へ入れることではない。

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次の四つを同時に解決する必要があった。

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① 複数の素子を同じ材料上に作る

#

② 各素子を電気的に分離する

#

③ 必要な素子だけを金属で接続する

#

④ 同じ工程を量産で繰り返す

#

キルビーとノイスは、この四つの問題の異なる部分を解いた。

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3.キルビー――すべてを同じ材料から作れないか

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図解: 3.キルビー――すべてを同じ材料から作れないか
図解: 3.キルビー――すべてを同じ材料から作れないか

ジャック・キルビーは、1958年5月にテキサス・インスツルメンツへ入社した。

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当時のTIは、電子回路の小型化技術を研究していた。キルビーは新入社員で、夏季休暇を取る資格がまだなかったため、多くの社員が休暇に入った夏の研究所に残り、小型化問題を考える時間を得た。(Nobel Prize)

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当時の小型化方式では、抵抗、コンデンサー、トランジスタなどを小さく作り、形状や寸法を標準化して組み立てやすくしようとしていた。

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しかし、それでも部品は別々だった。

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小さなトランジスタ + 小さな抵抗 + 小さなコンデンサー + 小さな配線

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これに対してキルビーは、問題の前提そのものを変えた。

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抵抗は抵抗器メーカーが作り、コンデンサーはコンデンサーメーカーが作り、トランジスタは半導体メーカーが作る必要があるのか。

#

半導体材料は、加工方法によって異なる電気的性質を持たせられる。

#

細長い半導体領域を作れば抵抗になる。p-n接合には容量が存在するため、コンデンサーとして利用できる。複数のp型・n型領域を作れば、ダイオードやトランジスタになる。

#

そうであれば、

#
トランジスタ
抵抗
コンデンサー
ダイオード
        ↓
すべてを半導体材料から作る
#

ことができるのではないか。

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キルビーの核心は、部品を単に近くへ置くことではなかった。

#

異なる種類の回路部品を、同一種類の材料と共通工程で作るという発想だった。

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4.「一つの材料」という発想

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図解: 4.「一つの材料」という発想
図解: 4.「一つの材料」という発想

従来の回路では、部品ごとに材料も構造も異なっていた。

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トランジスタ =半導体

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抵抗 =炭素、金属、巻線

#

コンデンサー =金属板+絶縁物

#

配線 =銅線や金属箔

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キルビーは、半導体の形、抵抗率、p-n接合、表面電極を組み合わせることで、これらを半導体材料の中へ置き換えようとした。

#
半導体の細長い領域
        ↓
抵抗
#
p-n接合の空乏層
        ↓
容量
#
複数のp型・n型領域
        ↓
トランジスタ、ダイオード
#

キルビーが1959年2月6日に出願した特許は、p-n接合を含む半導体材料の本体に、能動部品と受動部品を形成し、小型電子回路を構成する考えを記述している。(Google Patents)

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ここで重要なのは、特定の発振器や論理回路だけを作る発明ではなかったことである。

#

同じ半導体材料から各種の回路要素を作るという、一般的な回路製造原理が提示された。

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5.1958年9月12日、最初の実演が行われた

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図解: 5.1958年9月12日、最初の実演が行われた
図解: 5.1958年9月12日、最初の実演が行われた

1958年9月12日、キルビーはゲルマニウムを使って作った回路をTI社内で実演した。

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ゲルマニウムのメサ型p-n-pトランジスタ技術を応用し、トランジスタ、抵抗、容量として働く領域を形成した。これらの間は、細い金線を表面へ渡した「フライングワイヤー」で接続された。

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最初の回路は発振器として動作し、一週間後には増幅器も実演された。(CHM)

#

ゲルマニウム片

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トランジスタ領域
抵抗領域
容量領域
        ↓
細い金線で接続
        ↓
発振回路として動作
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見た目は、後の平らで規則的なICとは大きく異なっていた。

#

細長い半導体片の上に電極と金線が置かれ、手作りの実験装置のように見えた。

#

しかし、この試作品が証明したことは重大だった。

#

トランジスタだけでなく、抵抗や容量も半導体材料から作り、一つの回路として動作させられる。

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キルビーは、全半導体回路が実際に動くことを最初に明確な形で示した。

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6.キルビーが解いたのは「部品の統合」だった

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図解: 6.キルビーが解いたのは「部品の統合」だった
図解: 6.キルビーが解いたのは「部品の統合」だった

キルビー以前にも、一つの半導体片へ複数の電気的作用を持たせる試みはあった。

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しかしキルビーの構想では、トランジスタ、抵抗、容量などを、それぞれ異なる回路要素として同じ半導体材料上に形成できた。

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従来

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個別トランジスタ
個別抵抗
個別コンデンサー
        ↓
外部で組み立てる
#

キルビー

#
半導体上のトランジスタ
半導体上の抵抗
半導体上の容量
        ↓
同じ材料内に置く
#

これは、回路部品を小さくしただけではない。

#

部品という分類を、材料内部の領域へ置き換えたのである。

#

この意味で、キルビーの試作品は集積回路の本質を備えていた。

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7.しかし、金線は残っていた

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図解: 7.しかし、金線は残っていた
図解: 7.しかし、金線は残っていた

キルビーの回路には重大な問題があった。

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各回路要素は半導体材料から作られていたが、それらを接続するためには、細い金線を一本ずつ取り付ける必要があった。

#
半導体上に素子を作る
        ↓
顕微鏡で位置を確認する
        ↓
細い金線を取り付ける
        ↓
別の領域へ接続する
#

これでは、部品の数が増えるほど金線も増える。

#

一個の回路を試作することはできても、数十、数百の素子を量産するのは難しい。

#

さらに、各素子を電気的に分離するため、半導体材料を複雑な形へ削り、細い橋や島として残す必要があった。

#

キルビー方式は、原理を証明するには十分だったが、フライングワイヤーと複雑な機械加工は、大量生産に適した方法ではなかった。TIが1960年に発表した初期製品も高価で、評価用に少数が供給される段階にとどまり、後に金属薄膜配線を用いるプレーナ方式へ移行した。(CHM)

#

キルビーは、

#

複数の部品を一つの半導体材料から作れる

#

ことを示した。

#

しかし、

#

それらを量産工程の中でどう接続するか

#

という問題は残った。

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7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術

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図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(1/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(1/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(2/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(2/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(3/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(3/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(4/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(4/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(5/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(5/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(6/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(6/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(7/7)
図解: 7.5 メサ型トランジスタ――接合を台地として切り出した、IC直前の技術(7/7)

キルビーが1958年9月に実演した回路は、ゲルマニウムを材料とするメサ型p-n-pトランジスタの製造技術を基礎としていた。ゲルマニウム片を加工し、その中へトランジスタ、抵抗、容量として働く部分を作り、最後に細い金線で接続したのである。

#

同じ時期、フェアチャイルドでも、二重拡散によるシリコン・メサ型トランジスタの商用化が進められていた。

#

つまり、キルビーの最初の集積回路と、フェアチャイルドの初期トランジスタは、材料や目的こそ異なるものの、どちらもメサ型という過渡期の製造技術の上に成立していた。キルビーの試作回路では、エッチングしたゲルマニウム・メサ構造からトランジスタ、抵抗、容量を作り、金線で発振回路へ接続していた。(CHM)

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メサとは、周囲を削って残した台地である

#

「mesa」は、上面が平らで側面が切り立った台地を意味する。

#

メサ型トランジスタでは、半導体表面へp型・n型領域を形成した後、素子として使う部分を保護し、その周囲を薬液で削り下げる。中央に残った構造が、地形のメサに似た台地状になることから、この名が付いた。

#

典型的なn-p-n型の二重拡散トランジスタでは、まずn型シリコン基板を用意する。この基板の大部分がコレクタとして働く。

#

そこへ、表面からp型ドーパントを比較的深く拡散し、ベース領域を作る。続いてn型ドーパントを、より浅い位置まで拡散してエミッタ領域を作る。

#
表面
────────────────
n型エミッタ
────────────────
p型ベース
────────────────
n型コレクタ
────────────────
シリコン基板
#

二回の拡散深さの差が、薄いベースになる。

#

フェアチャイルドでは1958年、ゴードン・ムーア側のチームがn-p-n型を、ジャン・ホーニ側のチームがp-n-p型を並行して開発し、二重拡散シリコン・メサ型トランジスタを航空宇宙などの厳しい用途へ供給し始めた。(CHM)

#

拡散しただけでは、一個の素子にならなかった

#

拡散炉へ入れられたウェハーでは、不純物層が表面の広い範囲へ形成される。

#

このままでは、ウェハー上に作られた隣の領域と連続したままであり、一個のトランジスタとして区切られていない。そこで、フォトリソグラフィやワックスによって残す場所を覆い、周囲を接合より深い位置までエッチングする。

#

エッチング前

#
n型エミッタ
────────────────────
p型ベース
────────────────────
n型コレクタ
────────────────────
#

メサ加工後

#
n型エミッタ
        ┌────────┐
        │ p型ベース │
────────┘        └────────
          n型コレクタ
──────────────────────
#

周囲を削ると、表面側のエミッタ層とベース層が横方向で切断される。

#

これによって、中央に残った部分だけが、エミッタ、ベース、コレクタを持つ独立したトランジスタになる。

#

したがって、メサ加工そのものが増幅作用を作るわけではない。増幅作用を生むのは、拡散によって形成されたn-p-nまたはp-n-pの接合構造である。

#

メサ加工は、その接合構造を一個の素子として物理的に区切る工程だった。

#

金属電極を付けて、初めて外部から使える

#

メサ上面には、エミッタとベースへつながる金属電極を形成する。

#

コレクタは基板全体につながっているため、裏面側から電極を取り出すことができる。

#
エミッタ電極      ベース電極
          │                │
       ┌──┴────────────┴──┐
       │    n型エミッタ       │
       │    p型ベース         │
───────┘                    └───────
           n型コレクタ
════════════════════════════
          裏面金属電極
#

フェアチャイルドでは、フォトリソグラフィで電極位置を決め、アルミニウムなどの金属膜を形成して接触を作った。ラストとノイスが整えた写真技術、ムーアらの拡散と金属化、ブランクやクライナーの製造装置が、ここで一つの工程として結び付いた。

#

メサ型は、点接触型のように金属針を一個ずつ適切な位置へ押し付ける装置ではなかった。

#

一枚のウェハーへ同じ形を多数写し、まとめて拡散し、まとめてエッチングし、まとめて金属化できる。

#

この意味でメサ型は、個別トランジスタでありながら、すでにウェハー単位の反復生産へ踏み込んでいた。

#

性能を高めたのは、台地よりも二重拡散だった

#

メサ型トランジスタが初期の接合型より高速化できた最大の理由は、台地状の外形そのものではない。

#

重要なのは、二段階の拡散によって、薄いベースを比較的正確に作れたことだった。

#

エミッタから注入されたキャリアは、ベースを通過してコレクタへ到達する。ベースが厚ければ、途中で失われるキャリアが増え、通過にも時間がかかる。ベースが薄ければ、多くのキャリアが短時間でコレクタへ到達できる。

#
厚いベース
        ↓
キャリアの移動距離が長い
        ↓
速度と増幅性能が制限される
#
薄いベース
        ↓
短時間でコレクタへ到達
        ↓
高速動作に適する
#

二重拡散は、結晶成長中に接合を作る方式や、金属を合金化して接合を作る方式よりも、薄いベースを再現しやすかった。

#

メサ加工は、その高性能な拡散構造を、一個の独立した製品へ仕上げる役割を担った。

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キルビーは、メサ技術を「回路部品の製造」へ広げた

#

キルビーが重要だったのは、メサ型トランジスタを一個作るだけでなく、同じ半導体材料の別の部分を、抵抗や容量として利用しようとしたことにある。

#

細長い半導体領域は抵抗になる。p-n接合は容量を持つ。三層の接合構造はトランジスタになる。

#
ゲルマニウムを細長く残す
        ↓
抵抗
#
p-n接合を作る
        ↓
容量
#
p-n-p構造を作る
        ↓
トランジスタ
#

キルビーの実演では、ゲルマニウムのメサ型p-n-pトランジスタ用の材料をエッチングし、複数の回路要素を作った。これは、メサ加工を単なるトランジスタの切り出し方法から、異なる回路部品を同じ半導体上に定義する方法へ拡張したものだった。(CHM)

#

しかし、作られた各領域の接続には、細い金線が必要だった。

#

半導体の内部に複数の機能を置くことはできても、それらを製造工程の中で平面的につなぐ技術は、まだ完成していなかった。

#

メサ型の根本的な弱点――接合端が外へ出てしまう

#

メサ型には、もう一つ大きな問題があった。

#

周囲を削って素子を分離すると、p型とn型が接するp-n接合の端が、メサの側壁へ露出する。

#
メサ上面
       ┌────────┐
       │ n型      │
       │ p型      │ ← 接合端が側面へ露出
───────┘          └───────
          n型基板
#

p-n接合の端は、トランジスタの電流を制御する敏感な場所である。

#

そこへ水分、薬品残渣、ほこり、金属粒子などが付着すると、表面を通じた漏れ電流が生じる。小さな汚染でも、耐電圧や電流増幅率が変化し、短絡や故障につながる可能性があった。

#

フェアチャイルドの初期製品では、金属パッケージ内部から剥がれた微粒子が、露出した接合へ付着して短絡を起こすことまで懸念された。メサ構造では、接合を区切るために表面を削った結果、最も保護すべき部分を外部環境へさらしてしまったのである。(CHM)

#

メサ型は、量産への前進であると同時に行き止まりでもあった

#

メサ型は失敗した技術ではない。

#

点接触型や初期の接合型に比べれば、性能、再現性、ウェハー単位の生産性を大きく前進させた。フェアチャイルドに最初の売上をもたらし、シリコン・トランジスタが航空宇宙やコンピューターに使えることを証明した重要な製品だった。(CHM)

#

しかし、回路をさらに集積するという観点では、構造上の限界があった。

#
周囲を削って素子を分ける
        ↓
表面に深い凹凸ができる
        ↓
接合端が露出する
        ↓
金属配線を平らに伸ばしにくい
        ↓
汚染と漏れに弱い
#

キルビー方式では、このメサ状の素子間を金線でまたぐしかなかった。

#

複数のトランジスタを増やせば、台地も金線も増える。これでは、部品は一つの材料へ入っても、回路全体の製造は依然として手作業から離れられない。

#

必要だったのは、素子を作るたびに周囲を深く削る方法ではなかった。

#

表面を平らなまま保ち、接合を外気から守り、その上へ金属配線を直接形成する方法

#

だった。

#

ジャン・ホーニは、メサ型を作る際には最後に取り除かれていた二酸化シリコン膜を、逆に完成後も残すことを考えた。

#

酸化膜の下へ接合端を隠し、表面を保護したままトランジスタを作る。

#

この発想から、メサ型とは異なるプレーナ工程が生まれる。ホーニは1957年12月に酸化膜を残す構想を記録し、1959年初めに実用的なプレーナ型トランジスタを示した。プレーナ型はメサ型より漏れ電流が小さく、ウェハーの片面から複数工程を重ねられる構造だった。(CHM)

#

メサ型は、接合を台地として切り出すことで、トランジスタを量産可能な製品へ近づけた。

#

しかし、集積回路へ進むには、その台地を再び平らな面へ戻さなければならなかった。

#

キルビーは、メサ型技術の上で部品を一つの材料へ集めた。フェアチャイルドは、その次に、台地を使わずに素子と配線を一つの平面へ集めようとしていた。

#

8.フェアチャイルドでは、別の技術が完成しつつあった

#
図解: 8.フェアチャイルドでは、別の技術が完成しつつあった
図解: 8.フェアチャイルドでは、別の技術が完成しつつあった

キルビーがゲルマニウム回路を試作していたころ、フェアチャイルドではシリコン・トランジスタの量産工程が整えられていた。

#

ロバーツが単結晶を作り、ラストとノイスがフォトリソグラフィを整え、ムーアとホーニが拡散工程を開発していた。

#

そして1959年、ジャン・ホーニがプレーナ工程を完成させる。

#

従来のメサ型では、p-n接合の端面が空気や汚染へ露出していた。

#

ホーニは、シリコン表面へ形成した二酸化シリコン膜を剥がさず、完成後も表面保護膜として残した。

#
シリコン表面を酸化
        ↓
フォトリソで窓を開ける
        ↓
窓から不純物を拡散
        ↓
再び酸化膜で表面を覆う
        ↓
接合端を保護する
#

この工程によって、トランジスタの信頼性が改善しただけでなく、シリコン表面に平らな絶縁膜が残るようになった。

#

プレーナ工程は、後のIC製造を可能にする土台となった。(CHM)

#

9.ノイスは、酸化膜を「配線を載せる板」として見た

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図解: 9.ノイスは、酸化膜を「配線を載せる板」として見た
図解: 9.ノイスは、酸化膜を「配線を載せる板」として見た

ロバート・ノイスが注目したのは、二酸化シリコン膜の二つの性質だった。

#

一つは、シリコン表面を保護すること。

#

もう一つは、電気を通しにくい絶縁体であることだった。

#

酸化膜の上に金属を置けば、金属は下のシリコンと直接接触しない。

#

必要な場所だけ酸化膜へ窓を開け、その窓を通して金属を半導体領域へ接触させればよい。

#

アルミニウム配線 ═══════╦════════╦═══════

#

二酸化シリコン膜 ███████║████████║███████

#
半導体素子A      半導体素子B
──────────────────────
#

これは、前章で見たプリント基板とよく似ている。

#

プリント基板

#

絶縁基板 + 銅配線 + 個別部品

#

ノイスの構想

#

二酸化シリコン膜 + アルミニウム配線 + シリコン内部の素子

#

ただし、ノイスの構想では、基板の上へ部品を載せるのではない。

#

基板内部に部品を作り、その表面へ配線まで形成する。

#

部品と基板と配線が、一つの製造工程へ統合される。

#

10.1959年1月、ノイスの構想が形になった

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図解: 10.1959年1月、ノイスの構想が形になった
図解: 10.1959年1月、ノイスの構想が形になった

ノイスは1958年7月の段階で、一枚のウェハー上に複数のダイオードを作り、製造工程の中で接続する可能性を研究ノートへ記していた。

#

ホーニのプレーナ工程が現れると、その考えは一般的な集積回路構想へ発展した。

#

1959年1月23日、ノイスは研究ノートに「複数素子を分離する方法」を記し、複数のトランジスタやダイオードを一枚のシリコン上へ作り、製造工程の一部として相互接続する構想を示した。加算回路へ応用する図も描かれていた。(CHM)

#
一枚のシリコン
        ↓
複数のトランジスタを形成
        ↓
抵抗やダイオードを形成
        ↓
酸化膜で表面を絶縁
        ↓
金属薄膜で必要な素子を接続
        ↓
一つの論理回路
#

同年7月30日、ノイスは「半導体装置およびリード構造」に関する特許を出願した。特許は1961年4月25日に成立した。(CHM)

#

11.ノイスが解いたのは「配線の統合」だった

#
図解: 11.ノイスが解いたのは「配線の統合」だった
図解: 11.ノイスが解いたのは「配線の統合」だった

キルビーとノイスの違いは、次のように整理できる。

#

キルビー

#
異なる回路部品を
同じ半導体材料から作る
        ↓
部品の統合
#

ノイス

#
半導体上の複数素子を
酸化膜上の金属薄膜でつなぐ
        ↓
配線の統合
#

キルビーの発明では、半導体材料の上にトランジスタ、抵抗、容量を作れることが示された。

#

ノイスの発明では、それらをフォトリソグラフィと金属蒸着によって、ウェハー製造工程の中で接続できるようになった。

#

ノイスの金属配線は、キルビー方式のフライングワイヤーを不要にした。

#

キルビー

#

素子 ╲ 金線 ╲ 素子

#

ノイス

#

素子══金属薄膜══素子

#

この差は、見た目の違いだけではない。

#

金線を一本ずつ取り付ける方法は、回路が複雑になるほど作業量が増える。

#

金属薄膜をフォトリソグラフィで形成する方法では、配線が十本でも千本でも、原則として同じ露光、現像、成膜、エッチング工程で一括形成できる。

#

配線数が増えても、一本ずつ組み立てる作業は増えない。

#

ここに、集積回路が指数関数的に複雑化できる理由があった。

#

12.もう一つの難題は、素子同士の分離だった

#
図解: 12.もう一つの難題は、素子同士の分離だった
図解: 12.もう一つの難題は、素子同士の分離だった

同じシリコンの中へ複数のトランジスタを作ると、すべての領域が基板を通じて電気的につながってしまう可能性がある。

#

回路として使用するには、それぞれのトランジスタや抵抗を必要な場所で接続し、それ以外では互いに絶縁しなければならない。

#
同じシリコン上に素子Aと素子B
        ↓
基板を通じた不要な電流
        ↓
回路が正しく動かない
#

初期には、素子の周囲を深く削り、物理的な島として分離する方法も試された。

#

しかし、量産に適した方法として発展したのが、p-n接合分離だった。

#

素子を異なる導電型の領域で囲み、そのp-n接合へ逆方向電圧を加えると、接合はほとんど電流を通さない。

#
素子の島
        ↓
周囲を逆導電型領域で囲む
        ↓
p-n接合を逆方向にバイアス
        ↓
電気的に分離
#

この接合分離の基礎となる特許は、スプレイグ・エレクトリックのカート・レホベックによって1959年4月に出願されていた。フェアチャイルドは最終的に、この考え方をプレーナ工程へ組み込み、量産可能なモノリシックICを実現した。(CHM)

#

したがって、ICはキルビーとノイスだけの仕事ではない。

#

ホーニの酸化膜、レホベックの接合分離、ラストらの工程開発がそろって、初めて製造可能になった。

#

13.ノイスの構想を製品へ変えたのは、ラストのチームだった

#
図解: 13.ノイスの構想を製品へ変えたのは、ラストのチームだった
図解: 13.ノイスの構想を製品へ変えたのは、ラストのチームだった

ノイスが構想と特許を書いただけで、すぐにICが完成したわけではない。

#

1959年8月、ノイスはジェイ・ラストへ、ホーニのプレーナ工程と自らのモノリシック構想を使って集積回路を開発するよう依頼した。

#

ラストは、サム・フォック、イジー・ハース、ライオネル・カットナー、ジェームズ・ノールらを含む開発チームを編成した。

#

回路設計では、ロバート・ノーマンが、初期プレーナ工程で作りやすい四個のトランジスタと複数の抵抗からなるフリップフロップを設計した。(CHM)

#

ノイス IC構造を考案

#

ホーニ プレーナ工程を提供

#

ラスト 製造開発を統括

#

ノーマン 回路を設計

#

ハース、カットナーら 拡散・分離工程を開発

#

集積回路の発明が一人の机上の着想だけではないことが、ここから分かる。

#

構想を実際に動く製品へ変えるには、回路設計、マスク設計、拡散、金属化、素子分離、検査を結び付ける必要があった。

#

13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える

#
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(1/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(1/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(2/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(2/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(3/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(3/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(4/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(4/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(5/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(5/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(6/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(6/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(7/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(7/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(8/8)
図解: 13.5 プレーナ工程と金属配線――回路を平面上の製造工程へ変える(8/8)

ノイスが考案した集積回路の構造は、研究ノートへ図を描いただけでは製品にならなかった。

#

一枚のシリコン上に複数のトランジスタや抵抗を作り、その表面へ金属配線を形成するには、構想を実際の製造順序へ翻訳する必要がある。

#

どの段階で酸化膜を作るのか。どこへ窓を開けるのか。何回の拡散を行うのか。金属をどの領域へ接触させ、どこでは絶縁するのか。複数のマスクを、どの程度の精度で重ねるのか。

#

ジェイ・ラストのチームが取り組んだのは、ノイスの回路図を、酸化、写真製版、拡散、金属化、検査からなる再現可能な工程列へ変える仕事だった。

#

その中心にあったのが、ジャン・ホーニのプレーナ工程である。

#

酸化膜を、一時的なマスクから永久的な保護膜へ変えた

#

シリコンを高温の酸素や水蒸気にさらすと、表面に二酸化シリコン膜が成長する。

#

メサ型トランジスタでも、酸化膜は不純物を入れたくない場所を覆う拡散マスクとして利用されていた。しかし拡散後には膜を取り除き、素子の周囲を深く削って台地状にしていた。

#

その結果、p型とn型の境界である接合端が側壁へ露出し、水分や金属粒子、薬品残渣によって漏れ電流が増える問題が生じた。

#

ホーニは、酸化膜を工程途中で捨てるのではなく、完成後も表面へ残すことを考えた。ホーニの特許では、トランジスタの接合を製造中から完成後まで酸化膜で保護し、汚染から隔離することが明確に意図されている。(Google Patents)

#

メサ型

#
拡散
  ↓
周囲を深く削る
  ↓
接合端が側面へ露出
#

プレーナ型

#
酸化膜へ窓を開ける
  ↓
窓から選択的に拡散
  ↓
酸化膜を表面へ残す
  ↓
接合端を膜の下で保護
#

プレーナ工程における二酸化シリコン膜は、単なる被覆ではなかった。

#

第一に、不純物を入れる場所を限定する拡散マスクとして働く。

#

第二に、接合端とシリコン表面を外気や汚染から守る保護膜になる。

#

第三に、シリコンと金属配線を電気的に隔てる絶縁膜になる。

#

この三つの役割が一枚の膜へ統合されたことで、トランジスタの信頼性向上と集積回路の配線形成が、同じ技術の延長上で可能になった。

#

最初のマスクで、ベースを作る場所を決める

#

典型的な初期のn-p-n型プレーナトランジスタでは、まずn型シリコンの表面を酸化膜で覆う。

#

その上へ感光性のフォトレジストを塗り、ベース領域の形が描かれたフォトマスクを通して露光する。現像後、露出した部分の酸化膜を薬液で除去すると、シリコンへ通じる窓が開く。

#
フォトマスク
      ↓
レジストを露光・現像
      ↓
酸化膜を選択的に除去
      ↓
ベース用の窓を形成
#

その窓からホウ素などのp型ドーパントを拡散し、p型ベース領域を形成する。

#

ドーパントは真下だけでなく、酸化膜の下へも横方向に広がる。そのため、p型領域とn型基板の境界は、窓の縁より内側ではなく、酸化膜の下へ入り込む。

#
酸化膜
██████      ██████
       ┌──────────┐
       │ p型ベース  │
───────┴──────────┴──────
          n型基板
       ↑            ↑
   接合端は酸化膜の下
#

これが、メサ型との根本的な違いだった。

#

メサ型では、接合を分離するために側面へ露出させた。プレーナ型では、接合端を酸化膜の下へ潜り込ませ、表面から隔離した。

#

二枚目のマスクで、ベースの中にエミッタを作る

#

ベース拡散後には、表面を再び酸化する。

#

次に、最初の窓より小さなエミッタ用の窓を、p型ベースの内側へ開ける。その位置からリンなどのn型ドーパントを浅く拡散し、n型エミッタを作る。

#
n型エミッタ
      ┌────────┐
   ┌──┴────────┴──┐
   │   p型ベース    │
───┴──────────────┴───
       n型コレクタ
#

最初のp型拡散と、後から行うn型拡散の深さの差が、薄いベース幅になる。

#

ここで重要なのは、ベースとエミッタの位置が、手作業ではなく二枚のフォトマスクの重なりによって決まることだった。

#

したがって、プレーナ工程を成功させるには、単に微細な図形を写せればよいわけではない。

#

二枚目のマスクを一枚目へ正確に合わせる

#

ウェハー全面で同じ寸法を再現する

#

酸化と拡散を繰り返しても基準位置を失わない

#

窓の大きさと横方向拡散をあらかじめ見込む

#

必要があった。

#

回路設計は、完成後の電気回路だけでなく、各工程で図形がどれだけ広がり、削られ、ずれるかを含む製造設計へ変わっていった。

#

接触窓だけを開き、他の部分は絶縁したまま残す

#

エミッタとベースを形成した後も、表面の大部分は酸化膜で覆われている。

#

しかし二酸化シリコンは絶縁体であるため、その上へ金属を載せただけでは、下の半導体領域へ電流を流せない。

#

そこで、別のフォトマスクを使い、エミッタやベースへ接触する場所だけに小さな窓を開ける。

#
酸化膜
████   ███████   ████
     窓         窓
      ↓          ↓
エミッタ      ベース
#

接合を保護する部分の酸化膜は残す。

#

電気を出し入れする場所だけを露出する。

#

これによって、保護と接続という相反する要求を、同じ酸化膜上で両立できた。

#

ホーニの工程は、トランジスタ全体を金属へさらすのではなく、必要な接触点だけを選択的に開く構造を作ったのである。

#

ノイスは、金属電極を「配線」へ変えた

#

個別トランジスタにも金属電極は必要だった。

#

しかし、その金属は主として、エミッタやベースを外部のリード線へ接続するための端子だった。

#

ノイスは、酸化膜がシリコン表面に残り、その上へ金属を置けることに注目した。

#

必要な場所では接触窓を通して半導体へ接続し、それ以外では酸化膜の上を通過させる。そうすれば、同じシリコン内の離れた素子同士を、金属薄膜で直接つなげられる。

#
金属配線
═══════╦══════════╦═══════
酸化膜  接触窓      接触窓  酸化膜
███████║██████████║███████
      素子A             素子B
────────────────────────
          シリコン基板
#

ノイスの特許は、複数の半導体領域へ接続する導体を絶縁層上に配置し、多数の素子を一つの半導体材料内へ組み込むことを目的としていた。(Google Patents)

#

これは、キルビーのフライングワイヤーとは異なる。

#

キルビー方式では、完成した各領域を顕微鏡で確認し、細い金線を一本ずつ取り付けなければならなかった。

#

ノイス方式では、ウェハー全面へアルミニウム膜を形成し、フォトリソグラフィで必要な配線だけを残す。

#

キルビー方式

#

素子A ╲ ╲ 金線を手作業で接続 ╲ 素子B

#

ノイス方式

#

素子A════金属薄膜════素子B マスクで一括形成

#

配線が十本から百本へ増えても、一本ずつ取り付ける作業は増えない。

#

回路の複雑さが、手作業による接続本数から切り離されたのである。

#

金属膜を付けるだけでは、配線にならない

#

実際の金属配線工程では、まずウェハー全面へアルミニウムなどの金属膜を形成する。

#

初期には真空蒸着が用いられた。真空中で金属を加熱し、飛び出した原子をウェハー表面へ付着させ、連続した薄膜にする。

#

その後、金属膜の上へ再びフォトレジストを塗り、配線用マスクを通して露光する。必要な金属をレジストで守り、不要部分をエッチングで除去すると、電極と配線だけが残る。

#
ウェハー全面へ金属を蒸着
        ↓
配線用レジストを塗布
        ↓
マスク露光・現像
        ↓
不要な金属をエッチング
        ↓
電極と配線を一括形成
#

ただし、金属化には多くの難題があった。

#

接触窓に酸化膜や薬品残渣が残れば、接触抵抗が高くなる。金属膜が薄すぎれば途中で切れ、厚すぎれば微細加工が難しくなる。エッチング不足なら隣の配線と短絡し、削りすぎれば必要な配線が細くなる。

#

さらに、金属は酸化膜上から接触窓の底へ降りなければならない。段差部分で膜が薄くなると、そこで配線が断線する。

#

したがってラストのチームは、回路図を描くだけでなく、

#

酸化膜の厚さ

#

接触窓の寸法

#

金属膜の厚さ

#

蒸着方向

#

金属エッチング条件

#

熱処理による接触の安定化

#

マスク間の位置合わせ

#

を一つの工程として調整しなければならなかった。

#

「プレーナ」は完全に平らという意味ではない

#

プレーナ工程にも、酸化膜や金属膜による微小な段差は存在する。

#

名称の意味は、表面が幾何学的に完全な平面であることではない。

#

メサ型のように、素子ごとに周囲を深く掘って台地を作るのではなく、主要な構造を一つの表面側から作り、同じ平面座標へ複数のマスクを重ねられることを表している。

#

メサ型

#
素子
    ┌──────┐
────┘      └────
大きな段差と露出接合
#

プレーナ型

#
══════ 金属配線
██████ 酸化膜
──┐  ┌── 拡散領域
  └──┘
同じ表面から工程を反復
#

この平面性が、後から別のマスクを重ね、さらに多くの素子や配線を追加することを可能にした。

#

回路は、部品の集合からマスクの重なりへ変わった

#

プレーナ工程以前の回路は、完成した部品を集め、物理的に接続して作られていた。

#

プレーナICでは、トランジスタ、抵抗、接触窓、金属配線が、それぞれ異なるマスク上の図形として表現される。

#
ベースマスク
+
エミッタマスク
+
接触窓マスク
+
金属配線マスク
        ↓
一つの集積回路
#

回路を変更する場合、作業者が配線方法を変えるのではない。

#

マスク上の図形を変更する。

#

つまり回路は、手で組み立てる物体から、複数の平面図形を順番に物質へ転写したものへ変わった。

#

ホーニが接合を酸化膜で守り、ノイスがその膜を配線の土台として利用し、ラストのチームが酸化、拡散、接触窓、金属化を一つの工程列へまとめた。CHMは、この組み合わせが1960年の最初のプレーナICにつながったと整理している。(CHM)

#

ノイスの構想を製品へ変えるとは、単に試作品を一つ作ることではなかった。

#

同じマスクを使えば、同じ位置へ、同じ素子と配線を、ウェハー全面へ繰り返し作れる。

#

その状態を実現することだった。

#

こうして整えられたプレーナ工程と金属配線技術が、次の1960年、実際に動作する集積回路として姿を現すことになる

#

14.1960年、最初のプレーナICが動いた

#
図解: 14.1960年、最初のプレーナICが動いた
図解: 14.1960年、最初のプレーナICが動いた

1960年5月26日、ラストのチームは最初の動作するモノリシック回路を製作した。

#

最初の試作品では、ウェハー裏面から深い溝を掘り、素子部分を物理的に分離して、溝へ絶縁性樹脂を充填した。

#

その後、ハースとカットナーが開発したホウ素拡散によるp-n接合分離方式へ移行し、1960年9月27日に動作する回路が得られた。(CHM)

#

1960年5月

#
深い溝で物理分離
        ↓
最初の動作回路
#

1960年9月

#
p-n接合で電気的に分離
        ↓
量産向け構造へ前進
#

フェアチャイルドはこの製品群を「Micrologic」と名付け、1961年3月にType Fフリップフロップを公表した。その後、ゲート、半加算器、シフトレジスターなどが加えられた。(CHM)

#

15.キルビーのTIも、プレーナ配線を採用した

#
図解: 15.キルビーのTIも、プレーナ配線を採用した
図解: 15.キルビーのTIも、プレーナ配線を採用した

テキサス・インスツルメンツは、キルビーのソリッド回路を1960年に製品化した。

#

しかし、フライングワイヤーを使う方式では、複雑な回路を大量に作ることは難しかった。

#

やがてTIも、シリコン酸化膜の上へ金属薄膜を形成するプレーナ方式を採用する。1961年10月には、蒸着金属配線を用いたSeries 51 DCTL集積回路を発表した。(CHM)

#

これは、技術の勝敗を象徴している。

#

キルビーの原理

#

すべての部品を半導体から作る + ノイス/ホーニの工程

#
酸化膜と金属薄膜で接続する
        ↓
実用的な集積回路
#

産業が選んだのは、キルビーかノイスかのどちらか一方ではなかった。

#

キルビーの統合原理を、ノイスとホーニの製造方式で実現する構造だった。

#

16.二人の発明は、似ているが同じではない

#
図解: 16.二人の発明は、似ているが同じではない
図解: 16.二人の発明は、似ているが同じではない

キルビーとノイスの発明は、しばしば「同時発明」として一括される。

#

しかし、技術的な焦点は異なっている。

#

キルビー

#
材料の統一
        ↓
トランジスタ
抵抗
容量
        ↓
すべてを半導体から作る
#

キルビーは、回路を構成する異なる部品を、同じ半導体材料から作れることを示した。

#

最初に動作する全半導体回路を実演したことが、最大の功績である。

#

ノイス

#
工程の統一
        ↓
フォトリソ
拡散
酸化膜
金属薄膜
        ↓
素子と配線を一括製造
#

ノイスは、プレーナ工程を利用して、複数の素子を同じシリコンへ作り、酸化膜上の金属配線で接続する構造を示した。

#

量産性、平面化、反復露光、配線形成という、現代ICへ直接続く製造原理を完成させた。

#

Computer History Museumは、キルビーを「すべての部品を半導体材料から形成した最初の動作回路」、ノイスを「金属を酸化膜上へ配置するモノリシック相互接続構造」の発明者として整理している。(CHM)

#

17.「最初のIC」は、一つの定義では決められない

#
図解: 17.「最初のIC」は、一つの定義では決められない
図解: 17.「最初のIC」は、一つの定義では決められない

何をもって最初のICと呼ぶかによって、答えは変わる。

#

最初に動作を実証したもの

#

1958年9月12日のキルビーの回路。

#
一つの半導体材料から
複数種類の回路要素を形成
        ↓
実際に発振
#

現代ICへ続く実用構造

#

1959年にノイスが構想したプレーナ型モノリシック回路。

#
シリコン内部の素子
+
酸化膜
+
金属薄膜配線
        ↓
量産可能な平面構造
#

最初にプレーナ構造で製造された動作回路

#

1960年にラストのチームが製造したフリップフロップ。

#
構想
        ↓
マスクと工程へ変換
        ↓
実際に動作するIC
#

したがって、

#

キルビーが最初の動作原理を示し、ノイスが現代ICの構造を示し、ラストらがそれを製造工程へ変えた

#

と整理するのが、技術史を最も正確に捉える。

#

18.特許は長い争いになった

#
図解: 18.特許は長い争いになった
図解: 18.特許は長い争いになった

キルビーは1959年2月6日に特許を出願し、ノイスは同年7月30日に出願した。

#

キルビーの出願の方が早かったが、両者の特許が扱う中心部分は完全には同じではなかった。

#

TIは、キルビーが半導体材料上への回路統合原理を先に示したと主張した。

#

フェアチャイルドは、ノイスの酸化膜上金属配線とプレーナ製造構造こそ、実用的なモノリシックICの基礎だと主張した。

#

両社は長期間にわたって特許紛争を続けたが、最終的には相互ライセンスを含む商業的な解決に至った。裁判上はノイス側に有利な判断が示されたものの、歴史的評価では二人が共同発明者として扱われるようになった。(CHM)

#

特許争いは「どちらが本当の発明者だったか」を完全に決着させたわけではない。

#

むしろ、二人が異なる問題を解いていたことを示している。

#

19.ノーベル賞が認めたもの

#
図解: 19.ノーベル賞が認めたもの
図解: 19.ノーベル賞が認めたもの

2000年、ジャック・キルビーは、集積回路の発明への貢献によってノーベル物理学賞の一部を受賞した。

#

ロバート・ノイスは1990年に亡くなっており、ノーベル賞は原則として死亡者へ授与されないため、賞を共同受賞することはなかった。

#

しかし、ノーベル賞の解説でも、キルビーとノイスは、互いに独立して集積回路を実現した人物として扱われている。キルビー自身も講演で、ICが一人だけの成果ではなく、世界中の研究所と製造現場で働いた多数の科学者と技術者によって現実の産業へ成長したことを認めている。(Nobel Prize)

#

キルビーとノイスは1979年に、ともに米国国家科学賞を受けている。(CHM)

#

20.ICを発明したのは、本当に二人だけだったのか

#
図解: 20.ICを発明したのは、本当に二人だけだったのか
図解: 20.ICを発明したのは、本当に二人だけだったのか

「キルビーとノイスがICを発明した」という説明は正しい。

#

しかし、それだけでは技術が生まれた過程を単純化しすぎる。

#

ICには、少なくとも次の技術が必要だった。

#
高純度半導体
        ↓
単結晶成長
#
複数のp型・n型領域
        ↓
拡散技術
#
加工位置の反復転写
        ↓
フォトリソグラフィ
#
表面保護と絶縁
        ↓
ホーニのプレーナ工程
#
素子間の分離
        ↓
レホベックらの接合分離
#
表面上の相互接続
        ↓
ノイスの金属配線
#
回路としての構成
        ↓
ノーマンらの回路設計
#
実際の製造
        ↓
ラスト、ハース、カットナーら
#

キルビーは、これらを目指す方向を一つの明快な原理へまとめた。

#

ノイスは、それを繰り返し製造できる平面工程へ変えた。

#

ラストのチームは、その構想を実際のマスク、拡散、分離、配線、検査工程へ変換した。

#

したがって、ICは二度発明されただけではない。

#

二人によって核心が見いだされ、多数の技術者によって製造可能な体系へ組み立てられた。

#

21.配線をなくしたのではなく、製造工程へ吸収した

#
図解: 21.配線をなくしたのではなく、製造工程へ吸収した
図解: 21.配線をなくしたのではなく、製造工程へ吸収した

ICは、配線そのものを消したわけではない。

#

トランジスタ同士は、現在も金属配線でつながれている。

#

変わったのは、配線の作り方である。

#

個別回路

#
部品を作る
        ↓
基板へ載せる
        ↓
配線を一本ずつ接続する
#

集積回路

#
素子をウェハー内へ作る
        ↓
金属膜を全面形成する
        ↓
フォトリソで配線を一括形成する
#

人が一本ずつ線を取り付けていた工程が、写真製版と薄膜形成の中へ吸収された。

#

この変化によって、回路の複雑さは、人間が接続できる本数から切り離された。

#

一枚のマスクが正しく作られていれば、数本の配線でも、数千本の配線でも、同じウェハー工程で複製できる。

#

これが、数の暴政を乗り越える本当の方法だった。

#

22.ICは、プリント基板をシリコンの中へ折り畳んだ

#
図解: 22.ICは、プリント基板をシリコンの中へ折り畳んだ(1/2)
図解: 22.ICは、プリント基板をシリコンの中へ折り畳んだ(1/2)
図解: 22.ICは、プリント基板をシリコンの中へ折り畳んだ(2/2)
図解: 22.ICは、プリント基板をシリコンの中へ折り畳んだ(2/2)

前章の補足記事では、プリント基板が、

#

部品を一本ずつ配線する方法から、配線図形を板へ反復転写する方法

#

への転換だったことを見た。

#

ICは、この考えをさらに進めた。

#

プリント基板

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基板 + 配線 + 外から載せた部品

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集積回路

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シリコン =基板であり部品

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酸化膜 =絶縁層

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金属薄膜 =配線

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プリント基板では、板の上に部品を置く。

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ICでは、板の内部に部品を作る。

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その結果、部品間の距離はミリメートルからマイクロメートルへ縮まり、後にはナノメートルへ向かった。

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回路は、部品を組み立てて作るものから、材料の内部と表面へ描くものへ変わった。

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第7章まとめ――キルビーは可能性を示し、ノイスは増殖方法を作った

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1958年、キルビーは一つの半導体材料から、トランジスタ、抵抗、容量を作り、回路として動作させた。

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彼の発明は、次のことを証明した。

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回路部品は、異なる材料で作られた独立部品でなくてもよい。一つの半導体材料の異なる領域として作ることができる。

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1959年、ノイスはホーニのプレーナ工程を基礎に、シリコン内部の複数素子を、酸化膜上のアルミニウム配線で接続する構造を考案した。

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彼の発明は、次のことを可能にした。

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素子と配線を、一つの平面製造工程の中で作り、同じマスクから大量に複製できる。

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キルビー

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一つの材料に
回路部品を統合する
        ↓
ICが可能であることを示した
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ノイス

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一つの平面工程に
素子と配線を統合する
        ↓
ICを量産可能にした
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どちらか一方だけでは、現在の半導体産業には到達しにくかった。

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キルビーだけなら、集積回路は手作りの金線を持つ高価な特殊部品にとどまった可能性がある。

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ノイスだけなら、何を同じ半導体材料へ統合するべきかという一般原理を、別の誰かが明確に示す必要があった。

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二人の発明は競合したが、技術的には補完関係にあった。

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キルビーは、回路を一つの材料へ入れた。ノイスは、その回路を光と金属膜で繰り返し製造できるようにした。

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ICが二度発明されたという表現の意味は、同じものが偶然二回作られたということではない。

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一人が統合の原理を発明し、もう一人が統合を増殖させる構造を発明したということである。

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第6章で、八人の技術者はショックレー研究所を離れた。

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第7章で、彼らが築いた結晶、拡散、酸化膜、写真製版、金属化の工程は、ノイスの構想によって一枚のシリコン上へ結び付いた。

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ここから半導体の歴史は、より優れたトランジスタを一個ずつ作る競争から、

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一枚のシリコンへ、いくつの機能を、どれだけ小さく、どれだけ安く、どれだけ確実に複製できるか

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を競う時代へ入っていく。

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